2012年06月30日

マイホーム? 9

4月の末頃に、引っ越しはしましたが…
家の周りは何1つ完成しておらず、玄関に入るための階段だけを
急いで取り付けた状態でした。
家.JPG

今は、外構の一部とポストと表札、
1階のベランダの完成を待つのみです。

…のみ。
と言えるのかどうか謎ですが、
鍵はかかるので、生活は出来ています。

ここに至るまで、ゆっくり書こうと思っていたのに
家って建つのが早いんですね・・・。
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2012年04月01日

マイホーム? 8

1月の更新以来、立て途中の家について、
何も書いていませんでした…が、
いつの間にか、出来あがってしまいました。

昨日、無事に鍵を頂いて
私は、3分の1の世帯主となりました。
(ちなみに、外構は今から始めるため
玄関ポーチに上がるのに、
1mほどの段差をよじ登らなければなりません -苦笑-)

驚くほど、あっと言う間です。

0-元の家.jpg

元の家です。

この家で、私は蝶よ花よと
この世の贅を尽くすように育てられたのです。
…3歳まで。

0-元の家(落書き).jpg

よく表れてるのが、この壁。
このような落書きが、家のあちらこちら…にあります。
鉛筆だったり、油性ペンだったり、
色鉛筆だったり…。
壁に、ガラスに障子(これは張替えてますが)に、ふすま。
そりゃもう、誰が見ても「え?」って思うくらい(苦笑)

自分の子供が、そんな事をしたら、
絶対に許さないだろうと思うのになぁ。

当時は、母が仕事をしていたので、
祖母に預けられていた私。
「こんなに小さい時に、才能を潰してしまってはいけないから」
と、自由にさせていたとか。

帰宅した、母と祖父が、驚いたのは言うまでも無い。

掃除魔の祖父が、これを許したのかどうか
かなり謎。
でも、しばらく長いこと、
落書きが放置されていたのを思い出すと…
やっぱり、孫可愛さの方が勝ったんだろうなぁ。

そんな掃除魔の祖父が、常に綺麗にしていた室内。

0-元の家(室内).jpg

廊下はピカピカ。
埃1つ落ちていない状態。
ある意味、壊すのがもったいなかったです。

祖父と、祖母が手入れをしていた庭には、
色んな植物がありました。
掃除嫌いな祖母は、適当だったので、
綺麗に保てていたのは、祖父のおかげ??

0-元の家(庭)1.jpg

0-元の家(庭)2.jpg

私は植物に詳しくないので、

0-元の家(庭)3.jpg

何が咲いてるのか分かりませんが…
11月末、もう寒くなりかけた頃に綺麗に咲いていました。

0-元の家(庭)4.jpg

何故か、紅葉が綺麗に葉が付いてなかったなぁ。
時期的に、

0-元の家(庭)5.jpg

金柑が、たわわに成っていました。

0-元の家(庭)6.jpg

もう少ししたら、
もっとオレンジがかった色になるだろうに…
この翌日から家の取り壊し。
植え替えても、根が付かないだろうという事で、
精一杯、実を取って持って帰りました。

この頃は、ちょうど祖父が体調を崩して入院しており、
食事制限があったのですが、
病院にも少し持って行きました。

そして…

0-取壊し(11-29)25.jpg

いよいよ、取り壊しが始まりました。

0-取壊し(12-2)1.jpg

ものの数日で、あっと言う間に更地に。

1-更地.jpg

そして、地鎮祭…。

4-地鎮祭1.jpg

この日は、雨?みぞれ?がチラついて、
強風が吹き荒れてて…
…何か、幸先悪そうな感じ?
強風に煽られたテントが、祭壇をなぎ倒しちゃって(苦笑

営業の方とかが、
「お祓いは今からですから、これも含めて全て祓いますので(笑」
と、非常に苦しそうなお言葉を述べられていました。

実際、地鎮祭が始まると、風はやみ静かに。

今の地鎮祭って、あれやら、これやらやるんですね。
敷地内に、井戸もあったので水神様のお祓いも含めて、
お酒や、塩を敷地内の彼方此方に撒いたり、
稲刈りのような事や、柱を打つような事とか…

4-地鎮祭13.jpg

地方的な事?
いや、前回はこんな事やらなかったような…。

そんなこんなで、滞り無く地鎮祭が終了しました。

そして、あっと言う間に

5-工事開始(12-20)1.jpg

基礎が…

7-工事開始(12-31)6.jpg

出来ていました。
2011年12月31日。

この状態で、年を越す事になります。
posted by みぃ at 22:00| Comment(2) | 1/3だけマイホーム? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月30日

マイホーム? 7

※今までの話はココ

間取りが決定した後は、
壁に屋根、玄関。
窓の位置に大きさ、窓枠の素材に、
部屋仕切る扉に、そのドアノブと枠の素材、
床にクロス、電気(スイッチ)の位置などなど…

まずは、
予算も検討もつかないまま、
家の壁を決め、
屋根を決める。

…けど、この時選んだ壁は
見積もりの概算を頂いた後で、
@ランク落とす事に(苦笑

何回お食事を用意して頂いただろう?
時には、お昼だったり、夕食だったり、
お弁当にお寿司に…

「1日時間を取りましょうね。」
と、言われて始まった内装決め。

1日なんて、必要無いやろ?…と、思ってるのが甘かった。

最後には、
「もう好きにしてくださぁぁぁぃ!」
と、親と悲鳴を上げる状態。
コーディネーターさんも営業さんも、
笑いながら、ずっと付き合ってくれた。

ありがとうございます。

ちょうど、そんな頃
体調を崩した祖父が、風邪から肺炎になり入院した。
母は、病院の行き来と家の打ち合わせで、
きっとヘロヘロだったと思う。
父は、自分の部屋以外に関しては無関心な勢いだったので
(階段だけには強いこだわりがあったけど。)
調整が必要無く、ラクっちゃラクだった。


【祖父母との会話】

私「じーちゃん、寒いけん風邪ひくよ!」

じー「冬は寒いのが当たり前とっ!」

私「いやいや、そんな格好じゃ、風邪ひくってば。」

じー「まだ1月じゃ。」

私「…何もそんな事、言ってないし〜っっ。」

母「んもっ、すぐ肺炎になるくせにっ!!」
posted by みぃ at 22:00| Comment(0) | 1/3だけマイホーム? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月29日

マイホーム? 6

※今までの話はココ


図面を書いて貰ったら、
凄くイイものが出来ていた。

が、

が、

大人が5〜6人住む家。

そう簡単にOKが出るはずも無く、
1級建築士さんとの打ち合わせが実に…何回??
10回は図面を書いて貰ったと思う。

毎週毎週週末は、家の打ち合わせに潰れていった。

ちょうど習い事も終わっていた時期だったけれど
友達との予定はすべてキャンセル…
予定を入れる事も出来ず、
常に、家の事ばかりを考えていた。

会社の主任試験もあったけど、
勉強なんて手につかなかった。

祖父母の空間、私たちの空間。
2件の家を建てるのと同じ労力。

最後の最後まで、
細かい細かいオーダーが出てきたし、
その都度、建築士さんが対応してくれた。

細かさって…
「このクローゼットは、
やっぱり75センチにしてください。」

「ここ、やっぱりトイレを…」

「この棚を55センチ、
こっちは65センチに出来ますか?」

「この扉、右開きを左開きに…」
って、本当に細部まで。

普通ね、図面ってこんなに沢山書かないんだって。
「ココは主寝室、ココは子供部屋」って感じで、
決まったら、たいていそのまま決まるらしい。

でも、ウチは家を建てるのが2回目で、
母親は、色々とこだわりがある。
祖父母は、50年ぶりの新居の上、
理解力が落ちているので、
話についていけない部分もある。
長年、単身赴任をしていた父親も、
こだわりがある。

私は私で、自分の部屋は確保したい…と
大人5人の意見を集約するのが大変。
あっちの話を聞けば、こっちが叶えられず、
こっちの話を聞けば、あっちが叶えれず…
何処で手を打つか、打たせるか、
どこを妥協して貰うか、妥協させるか…

部屋の間取りを決めるだけで、疲労困憊。

でも、まだまだそんなのは序章だった。

まだこの頃は、
長年単身赴任していた父と、再び同居をはじめて
ペースが掴みにくい状況ではあったけれど、
まだ、祖父母と別居していたから・・・
posted by みぃ at 15:41| Comment(0) | 1/3だけマイホーム? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月20日

マイホーム? 5

※今までの話はココ

頓挫して、振り出しに戻った家づくりも
急展開を見せ、祖父母宅を建て替える事になった。

改めて、家づくりを1から考える事になったわけだけど
ハウスメーカーは、父の一声で他を選ぶ事も無く決定。
(ここは、母と気持ちが一致していたみたいで良かった〜)
さらに、
「お義父さんと、お義母さんが住むんだから
早くしないと。年内には建てるんだろ?」
と言うもんだから、
あれこれ考える時間は無くなった。

本当なら、1年位の時間をかけて、
住宅展示場にある家を見て回って、
家のあんな形、こんな形、
あんな設備、こんな設備、
予算などなど、色々勉強しながら、
決めていくものだと思うのだけど…
父親の言う事ももっともで、
時間をかけるわけにはいかないよね。

とは言え、このスピードについてけない私と母は
頭もまとまらない、イメージもつかない。

そんな状態のまま、
住宅展示場に出向き、目指す家(ハウスメーカー)に直行。

アンケートに答えて、
あれこれと状況をお話すること2回ほど。

これからは、小さい、小さい、小さいお家に、
大人が5〜6人生活する。
祖父母、両親、私(+妹)
最初に超簡単な図面を引いて貰った時とは違い、
現実味を帯びてくる。

2世帯住宅にするのか、3世帯住宅にするのか?
2階建てにするのか、3階建てにするのか…

まずは、3世帯住宅は考える間もなく却下。
水周りを3つにするのは非現実的だと。
(うん、確かにアパートか?!って感じだもんね。)
で、2世帯に決定。

さて、じゃぁ…3階建て?2階建て??
トイレは何個??
車は何台止められるようにする?
(当時は父・母・私・妹の4人が車持ち)

全く決まらないままだったけれど、
今度はちゃんとした図面を起こして貰う事になった。


【祖父母の会話】

とある報道番組を見ながら…

祖母 「この人は、本当はこんな事してないと思う。」

私 「そう??」

祖母 「うん。だって、こんな事する人じゃないもん。」

母 「え??!知っと〜と?!この人の事!」

祖母 「うん。知っと〜よ。」

私 「え?!何で知ってるの?」

祖母 「あんた、知らんと?」

私 (…えぇ、知りません。
 全国指名手配されているような方に、
 知り合いはいません…(汗 )

母 「お母さんは何で知っと〜とよ?」

祖母 「そんなのテレビでやりよったもん。」

母・私 「・・・・。なるほど。」
posted by みぃ at 23:50| Comment(0) | 1/3だけマイホーム? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月03日

マイホーム? 4

【祖父母の会話】

祖母 「さっき年賀状が来とったろ?あれば見せて?」

祖父 「89歳です。」

祖母 「も〜違うったい、年賀状ば見せて!(笑)」

祖父 「だから、89歳よ。」

祖母 「年賀状っ!!」

祖父 「年賀状?それなら、あそこたい。棚の上にあろうが。」

祖母 「あなたが、しまい込んで分からんとよ。」

祖父 「見たら、そのまんまにしとかないかんぜ。」

祖母 「はいはい。ちゃーーーーーーんと、そのまんま〜〜〜にしておきます。」


うん。
何気に、うちの両親の会話と似てる部分が。

どうなん?
こんな会話が、これからず〜っと続くって…(苦笑
おもしろ過ぎる。

ただ、こんな会話を
将来、私がする事になるのか?
と、思うと…

うん、やっぱり結婚せんでいっか。
とも思う(汗

このネタは、
マイホーム?のカテゴリに入れて良かったのか??
posted by みぃ at 12:54| Comment(0) | 1/3だけマイホーム? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月30日

マイホーム? 3

【祖父母の会話】
祖父 「今日、財布に10円が沢山入っとったんばい。」

祖母 「うん。」

祖父 「病院に行ったらくさ、
   看護婦さんに“10円から使っておきましょうね”
   って言われたんよ。」

私 (たぶん、会計の時の事務員さんだよね?)

祖母 「そうね。」

祖父 「そしたら、200円分あったとばい!!」

祖母 「あら〜それなら、早く1億円当てないかんねぇ〜!」

私 (関係ないやろ〜!!!)

祖父 「そうたい!やけん、財布が軽なったぁ〜!!」

私 (えぇっ〜〜〜〜?!成り立ってるのか〜?!?!)


不思議な会話が、日々なされています。
喧嘩なのか、ただの会話なのかも分からんような話も。
笑いあり、イライラあり…(苦笑

ただ、会話がこんな調子なので
内装の話や、部屋割、設備の話が…
至るところでちぐはぐ・・・

ま、仕方ないよね。

とは言え、元気でいてくれるので
嬉しいです。
posted by みぃ at 21:00| Comment(0) | 1/3だけマイホーム? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月26日

マイホーム? 2

マイホーム?への道のりは、
簡単じゃなかった。

3世帯が住む住宅…とは言え、
私は独身なので、
形は2世帯住宅。
でも、そこで生活するのは大人ばかり・・・
と言う、ちょっと異質な空間。

家から一番近い展示場に足を運び、
ハウスメーカーを2社見て
(たぶん、母の心の中では、
メーカーは決定していたと思う。)
間取りを簡単に作って貰ったりした。

そんな時のこと、
意思疎通が上手く出来て無かったのか??
何度もお話してきたのに、
祖父と私たちの思惑が違って、
一度、マイホーム?作りはご破算に。

営業の方達に、お断りをした途端、
ドッと疲れが。

お断りの連絡をしたのは、母なんだけど
私は、私で、
「ローンを組まなきゃ…」と、
ちょっと重くのしかかっていた物が取れて、
少し、スッとしたような…
覚悟は何だったんだ??って、
ちょっと凹まされたような、
複雑な気持ち。

でも、ま、ローンが無いって
素敵な事じゃない!!と、心が落ち着いた頃のこと。

…。

「家ば建てるよ。前言いよったやつでよか。」と、祖父。

えぇぇっぇぇっ???!?!

ローンを組む気が失せた時に、
また振り出しに戻ったのでした。

ガックシ。
posted by みぃ at 21:00| Comment(0) | 1/3だけマイホーム? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月21日

マイホーム? 1

ある日のこと、
何の会話からか忘れたけれど、祖母80を超えるが言った。

「私はケアホームに行こうかなぁ〜と思うんよ。」

それを聞いて、90間近の祖父が言った。

「俺は家を出らんぞ!」

そしたら、祖母が答えた

「それなら、もう終わりたい。」

祖父も応戦した。

「あぁ、終わり、終わり!」

私、唖然。
こんな年齢になって何を?
いや、こんな年齢だからか?
しかし、熟年離婚を超えて、何て言うんだろう??

ややもすれば、介護が必要な二人。
おぃおぃ・・・

私が口を開く。

「ねぇ、私が一緒に住むって言ったら…どうする?」

二人のイザコザが止まって、祖母が答えた。

「そうねぇ…あなたが一緒に住むなら、私、まだココにいてよかよ。」


こんな会話の後、なんじゃかんじゃあり、
半年も経たずして、
結局、家を建てることになりました。

現在、家の基礎が着々と作られております。

ありえない位の、超特急。

この半年を振り返ってみれば、
驚くようなことが多々あり、
忙しさもあり、
あっという間に過ぎ去っていきました。

過去を振り返りつつ、
綴っていきたいと思います。
マイホーム?までの道のり。
posted by みぃ at 22:00| Comment(0) | 1/3だけマイホーム? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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